さいたま市の川合運輸株式会社です

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ショック・堂島のムジカが・・

少々、というか実はかなりショッキングな事実を知りました。

大阪・堂島の老舗紅茶専門店のティーハウスムジカが、先月に閉店していたと!

うーん。これはかなりの衝撃。

このムジカというのは、紅茶に興味を持つと、おそらくはその存在を知ることになるはず。

初めて行ったのは、ファンが懐かしがる、地下の店舗。その後、別のビルに移りました。
以前、大阪駅近くのオフィスで仕事していた奥さんは、ごく自然に馴染みだったので、最初は「ムジカ知ってるの?」となりました。

茶葉の販売を卸売の含めて行っていましたが、電話で注文するやりかたで、いわゆるネット販売はしていないお店で、それはオーナーのこだわりだったようです。

その販売のお店は、今度は芦屋に場所を移して続けるとのこと。

閉店の事情は様々だと思いますが、なんとも寂しいものです。

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風景

昨日の夕方。

日没までのわずかの時間。

山が近く、海が近いこの地方ならではの光景です。

市内の車窓からも、これは剱岳ですね。昨日の朝は雨で何も見えていませんでしたが。日常的にこんな風景が見えているとは。

有磯海サービスエリアからは、富山湾をはさんで能登半島に沈む夕日。たまたま立ち寄ったところ、アナウンスがあり、人だかりが出来ていた奥の広場に行くと・・。

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昔話・自然の変化

会社の土地の話はたまたま川のそばで、溢れなかったけれども低い土地故の問題。

さて、母方の実家の昔話。

畑と田んぼがある土地の両側が低い山のようになっていて、最初はその山の上に家があったようです。ところが、そこは比較的海にも近い地域。あるとき海から吹く風で家が飛ばされてしまったとか。

それで山の上は懲りたということで、家をその山の下の方に建てたのですが、今度は山が崩れて家がつぶされたのです。

それでその山の近くは懲り懲りだということで、田んぼをはさんだ反対側の傾斜地に、家を写したのだそうです。その茅葺屋根の家が、私の母が、子供の頃に遊びに行っていた家。

私もその家の話は、子供の頃に昔話的に聞いていたのみで、15年前位に一度だけ訪れたことがあります。家はかろうじて痕跡を残すのみ。人が住まなくなった家は、すぐに傷みが来たようです。

今ではそのあたりは、地形的にくずれやすく危険と、建物は立てられなくなっているようです。

おそらくは最初の山の上の家は明治初めの頃でしょう。100年もたてば、自然によって地形も変わりますね。あくまでも、その自然の上にいるという事を意識しなければなりません。

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大雨の被害

台風としての規模はそれほどでもなかったものの、大雨と竜巻による被害が想像を超える被害をもたらしました。

今回の報道の中でかつて経験したことのない・・という表現が使われていました。これは数十年に一度という意味のようですが、少々不明瞭でもあります。

雨の被害というと必ず思い出すのが、昔、使用していた車庫用地。

もともと、すぐ裏を川が流れていました。そしてもともとは田んぼだった土地。そこを埋め立てたのですが、地盤が悪いために、トラックなどが出入りするなかで少しずつ沈下もあったようです。

それでも雨での問題は当初なかったのですが、十数年経って一度、大雨の際に一部の建物が浸水して、梱包資材の在庫品に被害がでました。

それを契機に、1階に置く在庫は、嵩上げしたすのこの上に保管するなどの対策をしましたので、以降同様の被害はありませんでした。

しかし、次は5,6年後に同じく雨での浸水。その後だんだん毎年のように起きるようになりました。雨の降り方がそれまでと違って、一時に多量の雨が降るようになったように思います。

そして、この数十年の間に、周りがほとんどが建物が立ってしまい、なにかと周囲の雨水が集まってきてしまうような地形ということも大きな原因でした。裏の川は一度も溢れるようなことはなかったのですが。

そのような事を経験しているので、何かと土地については地盤やら傾斜などが気になってしまいます。長い期間で見ないとわからないことも多いと思います。

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イプシロン

イプシロンが無事に打ち上がりました。

だいぶ気をもんで・・、まあ今までこんなことはなかったのですが・・。

まあ何しろ今年は・・昨日は鹿児島から

ということもあり、さすがに注目しますね。

先日、ちょうどその時の担当乗務員さんと話をしたときも、この話題に。もともと科学系の話題大好きな人ですからね。

どうでしょう。遠距離の長時間運行、体が痛くて大変だったようですが、すこし報われました?

それにしても、固体燃料の事やら、人工知能を使ってパソコン2台での管制とか、興味はつきません。

自分が子供時代から、アポロを中心にあくまで外国の話でしたが、国産ロケットが活躍するようになって身近に感じるようになりました。

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今日の配達は区役所全部

さいたま市には全部で9つの区があります。

輸送上の距離の算出に、通常は市単位で考えますが、さすがにさいたま市全エリアをひとつとすると範囲が大きすぎるので、ざっと3つ位に分けて、他の地域との距離を算出したりしていました。

が、それでは10の区役所をすべて周ると、時間や距離はどのくらいになるか、などとは考えたことがなかったのですが、今日はまさしくすべての区役所を周って荷物をお届けしました。

急なご依頼があって、昨日にざっと検討。指定の時刻までに完了との条件もあり、さらにその時点では詳細が不明な部分もあり、一ヶ所の納品時間にどのくらい見込むかが難しかったですが、ある程度の巾を見て算出。

指定の部署まで直接お届けするという条件なので、駅近くの建物の場合は、地下や立体の駐車場に入らないといけないため、当然車種の制限があります。

今日はなんとか時刻前に無事完了でした。

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竜巻

昨日の昼過ぎ、それまで今日も相当な暑さと思っていたら、風邪が強く吹き、あたりもだいぶ暗いと思っていたのですが、さいたま市から竜巻が発生していたと報道で見ました。
何十年もの間、特定の国のものという認識でしたが、去年に引き続き甚大な被害が出てしまいました。

あの黒く上に伸びていく姿は、本当に恐「竜」そのものですね。

地震にしても様々な想定による対処をしたうえでも、それ以上はもう人間にはどうにもなりません。自然への畏怖を思い知らされているかのようです。

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汐留新旧の顔2

先日、汐留新旧といって、新だけでした。なので旧を。

汐留跡地というと、どうしてもバブル時代の売却の中止が、結局は国民の負担を増やしたというどうもおかしな話に汚されてしまいますが、本来は日本の鉄道発祥という由緒の地になります。

日本の初めての鉄道は、というと「新橋・横浜間」となりますが、当時の新橋駅は現在の新橋駅ではなく、位置としてはこの汐留になるのです。

まだ私が学生の頃は、汐留貨物駅という看板がありました。

再開発にあたって調査した際に、開業時に使われていた、機関車の向きを変えるための転車台の遺構が発掘されました。ただ、傷みがひどく、復元は無理だったため、一部の石を利用して円形に並べて転車台のイメージのモニュメントとして形を残しています。

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汐留新旧の顔


新橋駅から数分の汐留の一角。やたら交通整理の人がいてその先に驚くような豪華な建物が。ここはJRA。もっとも私は場外馬券売り場に来たわけではなく、その隣の建物。

先日コンサートが行われた建物の周囲は、一瞬、外国かと錯覚するような風景。

国鉄時代に貨物ターミナルがあった汐留貨物駅。そしてそれが廃止、取り払われ、長いことそのままだった、いわゆる汐留跡地。

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工事が多いですが

このところ、近所ではあちこち何かと工事が始まっています。

目の前の道路工事も結構長いことかかるような。そのために少々迂回して出入り。

今日はたまたまその工事中のところを歩いていたら、ただでさえ上からは今日の日差しが熱いのに、仮舗装のアスファルトから強烈な熱が下から・・。あまりに熱くて歩いていられないので思わず走りだしました。これは危険ですね。

それに建物の改修工事もはじまって、駐車場所の変更などもあってだいぶ不便になりました。これも長いことかかるのですが、早速、工事資材の搬入の関係から、さらに車の出入りがしばらく難しくなりそうな説明が。

さすがに、こればかりは交渉して、何とかなりそうです。とりあえずはなんでも冷静に交渉してみるものですね。

まあ、終われば周囲も綺麗になると思えば・・・。と、思うようにします。

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