再開発地区のとても広々とした区画の街と、昔ながらの商店街の新旧混然とした中野ですが、普段はあまり縁がなく、かれこれ10年程前に来て以来。
もともと中央線沿線もお寺の名前の多い路線。だいぶ以前に教わった話では、江戸の大火を機に郊外にお寺が移転していった名残だそうです。
確かに以前に中野へ来た用向きも、お寺の古いお墓の件。
そこでも、大火での大変な話しが伝えられていて、その時もその話しに。少々怖いお寺でした。何かがでるという事ではなく、住職さんが。
再開発地区のとても広々とした区画の街と、昔ながらの商店街の新旧混然とした中野ですが、普段はあまり縁がなく、かれこれ10年程前に来て以来。
もともと中央線沿線もお寺の名前の多い路線。だいぶ以前に教わった話では、江戸の大火を機に郊外にお寺が移転していった名残だそうです。
確かに以前に中野へ来た用向きも、お寺の古いお墓の件。
そこでも、大火での大変な話しが伝えられていて、その時もその話しに。少々怖いお寺でした。何かがでるという事ではなく、住職さんが。
今日は中野に来ています。
北口側の西側が変貌していて驚きました。警察大学校があった広大な場所が再開発されています。陸軍中野学校のあった場所ですね。
中野と言えば、丁度先日テレビでも取り上げられていましたが、名前だけよく聞く中野ブロードウェイ。
昭和40年はじめに出来た商店街。時代の流れでだいぶシャッターの閉まる店舗も多かったようですが、80年代から90年代にかけて徐々に変化し、今はサブカルチャーの聖地なのだとか。
よくはわかりませんでしたが、少々覗いた限りでは相当な人通りがあります。
で、なんでブロードウェイなのかなと思っていましたが、本来は駅側から早稲田通りまでをつなぐ目的があったそうです。
近くにあるけど、なかなか行く機会の少ない、さいたま芸術劇場。
蜷川氏演出の彩の国シェイクスピア・シリーズ第27弾上演の予告を見て、「たまにはシェイクスピアを観たい」と2名のリクエストがあり、ヘンリー四世を観に行きました。
早くから完売でしたが、前方脇の見切れる事を前提の条件で追加席が出ました。
ヘンリー四世はイギリスでは人気者らしいのですが、歴史的なことは普通わかりませんね。でもその辺は問題なしで楽しめるストーリーなのです。
フォルスタッフ役が吉田鋼太郎さん。ハル王子(ヘンリー五世)役が松坂桃李さん。
お客さんは女性が圧倒的。
吉田鋼太郎さんの安定感のある痛快な演技。たかお鷹さんのおもしろい演技が印象的です。
奥行きのある舞台ならではの効果、客席まで存分に使った演出、前半の笑いから後半へ少々しんみりとしていく流れ。もともと2部のものを一緒にするので忙しい感じでもありますが、楽しい舞台でした。
足尾銅山といえば銅山の鉱毒事件の事を抜きには語れませんね。
もともとは江戸期から採掘されていた鉱山でしたが、明治期に近代化と新しい鉱脈の発見によって飛躍的に産出量が上がり、それにともないガスによる汚染で付近ははげ山となり、排水に含まれた鉱毒が下流に流れ、農業に甚大な被害をもたらしたのです。
私が訪れた頃は、閉山していたものの、まだ精錬所が操業していた時代。貨車がまだ動いていました。そして確かに周囲は黄土色の世界。
森林を復元するための植林事業は何と100年以上も続けられているのです。それでも荒涼とした場所はまだまだあり、2011年の震災の影響と思われる土砂崩れから、河川の汚染がいまだに観測されるというような状況なのです。
一度失った自然をとりもどすのがいかに大変か、思い知らされますね。
ところで、この鉱毒事件による渡良瀬川流域の住民を助けるために立ち上がったのが田中正造。現在の佐野市出身の政治家です。
実は、この足尾線に乗っかってのんきに車窓を眺めていた時分はもちろんのこと、割合最近まで実は田中正造の事は知らなかったのです。
私の子供が小学校の授業で国語の教科書の音読が宿題のような日課になって、家で繰り返し毎日聞かされた文章が、この足尾鉱毒事件と田中正造の活躍の話。
何故か子供は、この文章がいたく気に入ったようで、普段とは違ってやけにいきいきと音読していたので不思議に思っていました。話が佳境に入り、明治天皇への直訴未遂のあたりまでくると殆ど講談でも聞いているような感じでした。
田中正造
原典 ”幕末・明治・大正 回顧八十年史” 東洋文化協會
先日、群馬県の桐生近くに行く機会がありました。
県境を超えて近づく山々。埼玉の西部の山とは違って、小さい山でも切り立った山の形がこの地方ならでは。
仕事ですからもちろんとんぼ返りなのですが、後ろ髪惹かれる思いだったのです。
ここから国道122号線を真っすぐ行けば日光に抜けますが、それよりも手前の足尾、そしてそこに至る過程が大事。
以前の国鉄時代の足尾線。今はわたらせ渓谷鉄道になっています。銅山からの輸送を目的に敷設された路線。
実は現在は貨物輸送は全くなくなっているいるものの、もともとは鉱山輸送が目的だった路線は全国にたくさんあります。そのため、結構荒々しい風景の中を走ったりするのが余計にローカル線に乗る魅力でもあるのですが。その分自然の中を走るだけあって近年は土砂崩れの被害が出たりすることが問題になっています。
この足尾線。私は高校生の時に初めて乗ったきり。確か6月頃。緑がまぶしい中を、渡良瀬川沿いをゆっくり進む車両からの眺めは今でも鮮烈に覚えています。
終点は間藤という駅。当時、私はひとつ手前の足尾駅で降りたので1、3キロは未乗車区間。後ろ髪というのは、そういうことです。
ところで、今回行った先は「みどり市」。今日は私は会社で間違えて「さくら市」などと表示して間違いを指摘されて訂正した次第。
さくら市は栃木県でした。
昨日は不通になっていた三陸鉄道の南リアス線の一部、盛~吉浜間の運転が再開されました。この区間は丁度、三陸鉄道に転換される以前に国鉄時代に開業していた部分の線路です。
ニュースでは運転士さんが発車直前に感激のあまり、両手で目を押さえてました。
車両が新しくなり、その試運転の最中も、沿線から手を振る人が見えて感激したと運転を担当した人がインタビューで答えていました。
三陸鉄道といっても途中にJRの路線があるため、北リアス線と南リアス線にわかれています。まだ両方共、コンクリートの橋脚が破壊された部分を中心に不通区間が残っていますが、丁度これから1年後には開通する見込みです。
JR路線の部分はもともと戦前までに、盛岡から宮古とそこから海岸沿いに釜石まで、鍵の字状に内陸から路線が開通していた部分なのです。この部分はまだ復旧の目処がたっていません。
この駅も運行が再開された区間です。震災前の画像。
先日紹介した車庫近くの慈眼寺というお寺の枝垂れ桜。
夜はこんなふうにライトアップされます。
綺麗であり、少々怖かったり・・。
今月末からいろいろなジャズコンサートも開催されるのですが、何しろ今年はこんなに早く開花したので、その頃にはどうなるか・・。
それにしてもデジカメになって、夜景の画像が簡単になりましたね。今でも夜の撮影だからといってストロボをオンにして取る人がいますね。このようなときはあくまでもストロボを強制的にオフにすればいいんですが。
フィルム時代は何秒シャッターを開けるかなんて、よほどの人でないとちゃんと撮れませんでしたね。
坂戸市にある慈眼寺の枝垂れ桜。
普段は気がついた時にはもう終わっていますが、たまたま「さっきテレビ局の取材が来てた」との話しを聞いて見てみようとなりました。
ところで折角なので、どうも焼いた食べ物の匂いはいらないんじゃないかな?
3月23日から、SuicaなどのICカードが全国相互利用出来るようになるようです。
実は、もうすでにそうなっているのかなと昨年くらいに一度、関西あたりでSuicaを改札にかざしたら駄目でした。
ところで全国にどれだけあるのかというと・・
「Kitaca」 JR北海道
「PASMO」 関東私鉄・地下鉄
「Suica」 JR東日本
「manaca(マナカ)」 名鉄、名古屋市交通局他
「TOICA」 JR東海
「PiTaPa」 関西私鉄・地下鉄
「ICOCA」 JR西日本
「はやかけん」 福岡市地下鉄
「nimoca」 西日本鉄道
「SUGOCA」 JR九州
やはり地元以外の名前は馴染みがなかったですね。やはり初めて聞くものばかり。知ってたのは関西のICOCA位かなと思いますが、それも「行こか」でICOCA?と笑ったから印象に残っているのだと思います。
関東以外はやはり面白いですね。
ただし、語呂だけでなく、アルファベットにすべて意味を持たせてあるようです(たぶん殆どの人は知らないのでは?)。
全国相互利用といっても、たとえば東京から東海道線の普通列車を乗り継ぎながら関西まで行くような場合には対応していないとの事。
私にとってICカードになって助かったのはバス。結構慣れない所でバスに乗ると、いくらか不明だったり、両替で手間取りそうだったり、どこにお金を入れたらいいのか一瞬迷ったりとか、どうも勝手がわからないことが多かったのです。
今年はずいぶんと早く桜が咲きました。南で開花したので東京では何時頃などと報道されていましたが、あっという間でした。
今日はあちこちかなりの渋滞のなかでしたが、走りながら何度も桜を目にしました。
特に桜を目当てではなく、たまたま遭遇というのが一番綺麗に見えるのではないかと思っていましたがどうでしょう。
今年はお花見の機会はちょっと無さそうです。
なので昨年の画像で。