さいたま市の川合運輸株式会社です

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のぼうの城

先日ふれた「のぼうの城」。以前に読みかけの小説を読み終わったので、大須つながりで、映画館へ。

丁度、昨日は夕方に原作者の和田竜氏の舞台挨拶があると聞き、折角だからとその時間帯にて鑑賞。舞台挨拶の締めは会場内全員で、映画の中で農民がやっていた鬨の声を。エイカ・エイカ・オー!と手も振り上げて三唱。

映画は大ヒットで、特にさすがに埼玉では大人気で、リピーターまででているそうです。もともと脚本が先で、映画化をすすめるために、あえて原作者に小説化を依頼、その後、映画化にこぎつけとの事。

埼玉で人気なのは、案外知らなかった痛快劇というところなのでしょうか?
私としては、小説を読んだ時点で、特にのぼう様が「戦いまする」となった直後、納戸の中での騒ぎ。「・・・これが人の世か。ならばわしはいやじゃ。・・」。現在までも延々続く不条理にたいする率直な慟哭。それに自然に反応した坂東武者。
読んでましたから、映画のシーンでは待ってましたと、さすがに胸の震えをおさえるのがやっとでした。

はい。わたしも嫌じゃ。私も許さん。世の習いなど。

舞台挨拶の冒頭、ここは写真オーケー。ブログでもツイッターでもどうぞとお許しが出ました。原作の和田竜氏です。

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県民の日の県庁

カレンダーには記載がないので、毎年忘れているんですが、県庁の脇を普段車で通るところが通行止めで、なにやら県民の子(!)があふれている。ああ、今日は県民の日。

さすがに今日は県庁内が様変わりしていました。

各地にさまざまなキャラクターがいるんですね。

本庁舎の北側は、もとはなにやら倉庫だったり雑然としていたのですが、夏ごろに取り壊しの工事などが行われ、広い空き地が出現。その後、芝生が植えられ、本当に見違えるような空間になりました。普段もこの通路は自由に歩ける開放的な県庁内です。

道路挟んだ向かいも、建物の修繕工事が行われ、新しい郵便局やピザの店が出来て、壁面が緑化されました。

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懐かしい色

丁度乗り合わせた電車。
一応話には聞いていましたが、東武鉄道が土日を中心に大宮駅からスカイツリー駅まで1往復の直通の臨時列車を走らせています。

その列車に使われているのが、昭和38年に登場した8000系という電車。いまでも活躍中ですが、その後の色の変更や、前面の改造でだいぶ印象が変わっています。その登場時のオリジナルの顔の電車に、昔の色を塗ったもの。

懐かしいと思うのは私の年代以上の、東武沿線にいた人でしょう。
いつのまにかクリーム一色の変な色になり、その後、白に青のラインに変わって行きました。昔聞いたはなしでは、保線の安全確保からも明るい色が希望されたとも。

当時はどちらかというと、あつぼったい色というイメージもあったかも知れませんが、写真を見た奥さんは「綺麗!」。ホームでこの電車を見た女子高生は「可愛いー!」。・・だそうです。

40年ちかく経てばさすがに新鮮になるんですね。

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東京駅ライトアップ番外編

東京駅のライトアップを機に、この東京駅の建設当初姿と役割について触れました。
ならばついでに、もう一つ。
最後まで目に触れない部分。縁の下の力持ち、地下の基礎の事にもライトを・・

この丸の内の初期の建物に共通するのが、基礎に使われた松丸太。
地盤の弱い地域だけに、色々考えられた上に使われたのだと思います。

確か三菱のビルもそうだと思いますが、東京駅も今回の改修工事などにも合わせて基礎の補強もされています。長い間重要な役割を担っていた丸太もようやく第一線の使命を終えたのです。

この基礎の調査はだいぶ前に行われていますが、木材だけに、長期間の仕様によって相当傷んでいるのではないかと危惧されたところ、地下水の多い地質のなかで、いまだにみずみずしく松丸太は光っていたとか。

当時の土木技術の水準に関係者はさぞ驚いたことでしょう。
この松丸太の事は、少し前に丸の内界隈のビルの基礎にからんで、ブラタモリでもとりあげられ、さすがタモリさんはこの事をご存知で、保存された丸太に注目していましたね。

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東京駅ライトアップ2

昔から東京駅といえば赤レンガというイメージですが、ある頃までは、実は建設当初は3階建てのドームの立派な、現在(今回の修復前)とは全く違う姿だったというのは知りませんでした。昔の写真を見てあまりの威容の違いに驚いたのをよく覚えています。

消失した3階部分を撤去して、仮の復旧のままで60年以上そのままで使用された建物。天井裏を調べると本当に資材不足の時の応急的な継ぎ接ぎの材木も使用されていたようです。

中央停車場として計画され、大正期に完成した東京駅は、当時は原野であった丸の内側に作られました。当然出入口は丸の内側のみ。駅から正面まっすぐに見えるのが皇居。一般の乗降用の出入口は北側と南側のみ。中央は皇室専用でした。
日本の象徴としての建物でもあったわけです。

ついぞ3階建ての往時の姿の復活なんて夢のまた夢だろうと思っていましたから、今、こうしてたくさんの見物の人達とライトアップされた東京駅を見上げていると実に感慨深い思いがします。

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東京駅ライトアップ

昨日は千代田区の大手町にあるホール。

搬入が完了して、しばらく待機に。
マネージャー氏は、至近距離にある東京駅のライトアップに関心がある様子。

そういえば忘れてた。ついに完成したんだ。
暗くなってから見に行きました。

うーん。これは、想像以上の美しさ。テレビでもデジカメでもだめ。これは直接見ないと赤レンガのやさしい色は感じ取れません。

皆さん、集まって写真を撮っています。ぐるりと周囲を見渡すと、丸ビルなど昔の面影を残した建物が取り囲んでいるので、全体がとてもよい雰囲気になっています。

この東京駅の駅舎。取り壊しの案も出ていたんですよね。

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夢の階段

池袋にあるパルコ。この前身を知っている人というか覚えている人も少ないでしょうね。
ここは「丸物デパート」(正式には東京丸物)という百貨店だったのです。
もう40年以上も前に撤退し、ここを西武が買収してパルコになりました。だから建物自体はそのままなのです。

なんで覚えているのかと考えると、何故か浮かぶのは広い階段。子供心にずいぶん印象深かったんでしょう。

そもそも丸物とは、と調べると京都や岐阜に店舗があったようです。
で、その東京丸物。
村野藤吾氏の設計だそうですが、壁面の彫刻や、「夢の階段」と呼ばれる大階段があったとあります。

何と夢の階段だったのです。

開業は昭和32年。当時はそういう表現がはやっていたのでしょうか。

相当な太い補強の柱が、階段の真ん中と天井部分に設置され、とても当時の面影はないですし、今となっては特に広いとは言えない規模のものですが、当時はさぞ・・。

都心の変化

池袋駅すぐ近くの一角。
豊島公会堂のそばの通りを歩いていると、一角の光景が少々変わっている。ここには駐車場があったのだが、白い塀に囲われている。
2階建ての駐車場の取り壊し作業中。そして新しいビルの建築計画が。

この駐車場は、一時期、ルート便の配送車が、付近のオフィスビルの一室にある客先の営業所に集配を行うのに使用していました。

ビルの駐車場は高さ制限があってセダンタイプの乗用車のみ。当然周囲は駐停車禁止・駐車禁止ばかりの場所。ほんの少々の時間でも一旦は駐車場となります。
タワータイプのパーキングはたくさんありますが、ここは2階構造になっているものの、平面に近い感覚で使用できるためか常時満車に近い状況。場所が場所ですからね。

向かいの建物にも建築計画の表示が。
このあたりには結構古い建物が多いようですから、耐震化の問題もからんでいるのでしょうか。
やはり都心はどんどん変化しています。

さて耐震化がらみで、余計な話を。

池袋東口にあるパルコ。私はどうしてもここを通ると思い出すのが、この前身の百貨店。今日はその記憶をたどって階段を探しますが、どうも見当たらない。また別の階段を見て、あっ。ここだ。幅の広い階段がおそらくは耐震化の工事で中央で区切られています。そのため昔の面影がなくなっていたのです。 (続く)

東高西低

埼玉の運送業界は、東部地域が比較的忙しいのに対し、西部地域はなかなか厳しいとの話しを聞きます。

東部地域は、都内を範囲とした食品関係の物流が比較的多いというのが、物量的に順調である理由なのでしょう。

埼玉東部は鉄道で言えば東武沿線(伊勢崎線)になりますが、越谷あたりの大規模ショッピングセンターを中心とした住宅地も、まだまだ拡張されていて発展しそうです。東武線はスカイツリー効果もあってなおさら元気そうですね。
ただ、住宅関係の業界の人に言わせれば、あまりに利用されていなかった地域がまだ広大にあるからだとか。

反対に西部は西武鉄道が、ひところと比べると元気が無いことが、沿線の活気がいまひとつという原因かもしれません。

かたや、埼玉でも北西部は、新しい自動車工場の稼働で、だいぶ住宅も拡がっているとか。このことは更に西武沿線の少々の心配の種になっているのかも。

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電動車椅子

普段日常的に車で通る道。
市街地ではなく、郊外のセンターラインのあるごく普通の道路。
歩道は段差がない、ただのラインだけで車道と区分されているものの、歩道の幅はごく狭い。

前方の左側の歩道をこちら側を向いて移動している車椅子の人が見えた。と、突然車道側にはみ出してくる。おおっと、ブレーキで減速。

実は同じく左側の歩道をもう一台の車椅子が、向こうへ向かって移動していたのです。それで、車椅子同士が対向した状態になったので、こちらを向いている車椅子の方が、よけるために車道にはみだしてきたわけです。

電動車椅子のようですが、少々操作がしずらいようで、対向の車椅子をよけたものの、歩道側にスムーズに戻れない様子。

この辺の道路で車椅子の人をみかけるのはめずらしいのですが、このように車椅子同士のすれ違いで車道側にはみ出す状況もあるのだと認識。なお、車椅子はあくまで歩行者と同じ立場ですので、歩道を移動するのですが、もし段差のある歩道は動きづらいでしょうね。

さて、それから数分もしないうち、カーブの横断歩道に近づいた時に再び、車椅子の人が右手に見えました。高齢の男性です。ただ、今度は車椅子というより、ほとんど寝た状態の形。もうすこし角度が低くなるとほとんどストレッチャーのような感じ。

こちらが停止したのをみて、対向車を確認しながら渡りはじめたのはいいですが、しきりにこちらに手を上げてお礼の合図をしています。
渡りおわっても何度も手を上げています。あまりに何度もするものだから、さすがにしまいにはこちらも合図を返します。

お礼はいいから早くわたらないと万が一、速度超過の対向車が来るとカーブで見にくいから危険とひやひやしながら待っていたのですが・・。

電動車椅子ができるまでは、ほとんどこのような光景は見られなかったですね。一人で動けるのは便利だとは思いますが、事故の危険性の事を考えると複雑です。

それにしても随分愛想良い人だったなあ。

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