レコードがCDにかわり、何度聞いてもバチバチという雑音から解放されました。もっともそのころはレコードよりもカセットテープですよね。
川合 修Author Archives
CD
喫茶店
昨年のお盆に出かけた先で、傘を持たないで歩いていると突然雨が。
目に入ったのが自家焙煎の看板のある珈琲店。
中に入るととても落ち着いて居心地が良い。
趣きのあるテーブルや椅子がいいのか。
流れている音楽がいいのか。この店はジャズです。
こういう時間でいいなあと目をつぶって聴いていたのですが、あらためて店内の家具やら壁の絵を見ながら、ふと脇をみるとレコードプレーヤーがありました。ここから流れていたのです。
しばらくして曲が終わるとしずかに店主が近づいて、レコードを交換して針を落としました。1時間ほどゆったりとした時間を過ごしたことがとても印象深いです。
最近は喫茶店で仕事することもあるので、環境にとやかくは言えませんが、場所によっては居酒屋状態になるときもあり面食らいますね。
品位をもって
複数のお客様の社長さんとの話のなかで、色々と装飾を施したトラックの話題になりました。
お役に立つ
輸送業界に限りませんが、熾烈な競争時代になって久しいのですが、今は競争を通り越していますね。
安心して託せるサービスを
年末も年初もコンサートの話ばかりで、お前は仕事しているのかと言われそうですが、してますよ。たまには?!
ニューイヤーコンサート2
さて曲が始まって、ふと脳裏をよぎるのは、年末のマーラー版の大編成だったり、テレビで観るウィーンのニューイヤーだったり、それにひきかえステージには最初は5人。舞台を飾る花もこじんまり・・。
ところが曲が終わるとマロさんのトークですかさず、「少ないでしょう。でもウィンナ・ワルツ本来は4人の編成なのです。」と、歴史的側面から説明。バイオリン2、ヴィオラ、コントラバス。チェロがはずされている理由は諸説あるそうですが、マロさんの好きな説は「貴族の前で座って弾くのは失礼だから。」!
今日はチェロの木越さんは立っています。
まろさんの喋り方を聞いていて、何かに似ている、何の時かと考えて、そう、例えばフランス料理の皿の説明をしているような感じ。
2曲めが終わると、まろさんは「このようなニューイヤーコンサートでは、できれば皆さん、肩の力を抜いて、貴族のようにふんぞり返って聴いていただけると有難い。」?
なるほど、それこそ貴族が没落後に、料理人が同じサービスを一般向けに提供することで始まったフランス料理店の発祥をも連想させますね。
そう聞くとおもしろいものです。さすがに演出効果ばつぐんで、そのうちに「小編成」なんてイメージはどこかへ吹き飛んでいました。
何かの都合で演目が変わっていて、当初紹介されていたのに演奏されなかった、美しき青きドナウ、そして続けてラデッキー行進曲がアンコールでした。
ニューイヤーコンサート
埼玉会館でのN饗メンバーによるニューイヤーコンサート。
こちらでは2年ぶりだったと思います。
年末の全九から、もうニューイヤーコンサート。
バイオリンは大晦日でのコンマスを務めた「まろ」さんこと篠崎さんと白井さん。ヴィオラが佐々木さん。チェロは木越さん。コントラバスが西山さんの5重奏で始まります。
前半のプログラム
J.シュトラウス1世:ケッテンブリュッケン・ワルツ
J.ランナー:モーツァルト党
J.ランナー:ロマンティックな人々
R.ジーツィンスキー:ウィーンわが夢の街
休憩をはさんで後半は、管楽器が加わり9重奏に
フルートが神田さん。クラリネットが横川さんに山根さん。ホルンが日高さん。
R.シュトラウス:歌劇ばらの騎士よりワルツ
J.シュトラウス2世:喜歌劇ジプシー男爵より宝石のワルツ
J.シュトラウス2世:酒・女・歌
F.レハール:メリー・ウィドウ・ワルツ
J.シュトラウス2世:ウィーンの森の物語
全員が一言ずつお話をされましたが、本来ウィーンとの関わりがテーマのところ、ご贔屓のお国自慢に脱線して場内は盛り上がります。
場内は結構高齢のお客様も多く、数多くのトークを交えた演奏に皆さん大満足な雰囲気。さすがまろさん聴衆の心をつかんでますね。
マーラー版第九
第九が始まるのは午後10時半。
ところで今回で全九は10回目ということで、特別な企画として、第九はマーラー版だったのです。
通常の楽譜と比べてどこが違うのかというのを、最後の休憩前のトークで、金管の奏者の人による吹き比べがありました。
ようするに、ベートーヴェンの時代、まだ金管楽器の出せる音域が限られていました。マーラーは、おそらく本来ベートーヴェンが表現したかったのは、このような音であろうと、その後の改良された楽器で、やむなく消していた(と思われる)音符を再現して楽譜にしたのです。
そして音符だけでなく編成もひときわ大きくなりました。ティンパニももう一人。そして管楽器はほぼ2倍、本来なかったチューバが追加、弦楽器もひと回り多くなるというもの。それだけになかなか演奏する機会のない楽譜なのです。当然コストの問題もあって、今日聴いた人はおそらくは最初で最後とあろうとも!
それでは、それだけすごい効果かというと、それがそれほどでもないという説明も。そもそも増えたティンパニやチューバの出番はほんのわずか。最大の音量を出したいところだけに、それだけの編成をそろえたという事なのですが、それをいったらミもフタもないのですが。それもマーラーらしい、などと言ったら怒られますね。
たしかに、総勢での音はずしんと重い音でした。終演時はは場内大興奮で、ステージに向かって大賛辞で相当なスタンディングですから、マーラーのことはちょっと失念。
コバケンさんは3楽章のような静かなところで、細かい音符を丁寧に浮かび上がらせるのがとても印象に残ります。
こうして開演から11時間近く。演奏時間は約395分、6時間半。新年を迎える10分前くらいに会場を後にした大晦日でした。
これが生涯、最初で最後(と言われた)のマーラー版第九の編成表。管楽器の数に注目。
年末の全九
小林研一郎氏の九曲のベートーヴェン交響曲。
午後1時に開演。第1番から始まります。なんとなくモーツァルトの雰囲気もする最初の交響曲。そして、格段に曲の規模も大きくなる第2番。9番の冒頭と同じフレーズが印象的です。反響もひときわ大きくなります。
そして私の好きな第3番。2番からなぜこれほどまでに全く違う曲になるものかと思います。色々謎も多い曲です。
今回は第一楽章後半、とくに静かな曲調のところで、コバケンも後ろにのけぞる位に、ものすごく歌い上げる演奏がとても強烈で、3番を聴いて涙が出たのは初めてです。
その3番が終わった時点では、あたかもオペラの終演時のような大反響。それは凄かったです。
それまでに30分の休憩と15分の三枝氏のトークがありますが、第4番が終わってさらに30分の対談と30分の休憩。第5番が始まるのは午後5時半。
短調から長調への壮大な交響曲。ティンパニの響きが印象的です。
そして第6番。めずらしく2楽章が始まる前にチューニングを指示。
ここで長めの1時間半の休憩が入るので、多くの人が外へ出ます。いつもはどうだったか、ホワイエの階段などにも座って食事をとったりしています。長時間のプログラムならではの光景。
第7番は、ここまで振り続けているとは思えない、最後までエネルギッシュなコバケンの指揮に驚愕します。そしてすぐに第8番。聴衆も手がつかれたとは言ってられない拍手。
ここで最後の30分の休憩の前に15分のトーク。舞台では第九の準備でとつぜんバタバタと合唱の台が並んで行きます。
それぞれの曲の前に順に増えていく編成表。人がいっぱいでなかなか近づけません。
全九
昨年末の大晦日は東京文化会館で全九でした。
第九ではなく全九。つまりベートーヴェンの全交響曲の九曲を一日で聴くのです。文字通り究極の演奏会です。
ところで、普通は「大晦日にそんな」「一体どれだけの時間?」「ちょっと無理でしょ」と思うのではないでしょうか。
一昨年のいつだったか、最初に耳にして私自身そう思ったのですが、一度耳にしてしまうと気になってしょうがありません。ここ何年か、かなりベートーヴェン交響曲に傾倒していたこともあって、第九に到達するまでを一度に聴けるという魅力に押されてしまいました。
そして昨年末も同じくです。
全交響曲の演奏会というのは普通は少なくとも3回位に分けて行われるですから、それを一日というのは、聴く方というよりも、演奏される側にとっても「トンデモ」なわけで、一昨年の曲間のトークでも奏者の方が、それにちかい表現をされていました。(といいながら昨年も同じメンバーの方が演奏されていますが。)
指揮は今年5回目の小林研一郎さん。演奏は岩城宏之メモリアル・オーケストラ。合唱は武蔵野合唱団。
それにしても奏者の方も大変ですが、指揮者はいったい・・。
コバケンさんは以前にテレビ番組で、年間の指揮する回数も相当多いとの話しでしたが、その時に、疲れないというようにもおっしゃっていました。すごいエネルギーですね。






