さいたま市の川合運輸株式会社です

川合 修Author Archives

About 川合 修

さいたま市・川合運輸株式会社の川合修です。昭和10年創業の運送会社を受け継いではやそろそろ30年近くになります。企業のお客様だけでなく個人・団体のお客様からのご依頼が多いのも当社の特徴です。わかりやすく丁寧にご説明する一助になればと思います。

公演最終日

ツアー輸送も、今晩の公演で最終。
搬出を完了して出発との報告がありました。

予定のスケジュールでは、都市の駅前でのホテルでの荷物の積卸しが、道路混雑時にスムーズに行くかどうか不安な場所もありましたが、関係者様のご配慮もあり、現地にて時間帯を大幅に変更し、スムーズにに作業完了できたとの事。

弊社の担当者にたいして様々なお気遣いいただき、ありがとうございます。

こちらも細かいところで、連絡がたりないところもあり反省点もいくつかあります。
帰着するまで運行は続きます。
最後まで気をゆるめずに輸送にあたらなければなりません。

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パレットの憂鬱4

パレット輸送といっても、例えば弊社での例だけをあげれば、車両の荷台の上に乗っているときはパレット輸送、でも到着したら別。などという事があるわけです。

それに何やら廃材の処分がついてまわったりと、どうもフォークリフトでの作業による省力化をいくぶん相殺するような負担を輸送業者が行なっているという構図は、ある程度あるのだと思います。

さて、だいぶ以前の話になりますが、ある時、確か海上コンテナの容積などを調べているときに、海外のパレット規格の種類、そしてそもそものパレット輸送の未来などという、そうとう昔に作られた構想を知ったのです。

特に誰の(どの会社の)パレットということを、あえて決めるのではなく、同じ規格のパレットをすべてに適用して輸送を効率化するというもの。
パレットにて荷物を出庫して、トラックに積む。パレットは出ていきますが、入庫の時にパレットが入ってきます。
そのようにパレットひとつひとつの所有は特定せずに、パレットが流通するという形でした。

それを読んではじめて本来のパレット輸送の概念を知り、これは素晴らしい話だなと思ったわけです。

ただ、全体の理想のみで推進できていれば、ずいぶん違った形になったのだとは思いますが、それぞれ企業には自社の製品に合わせたパレットサイズなどがあります。1個の製品にかかる輸送費を極限までに押さえる計算には、共用パレット使用という前提はありません。それに当時はパレット輸送に対応する車両も少なかった事情もあると思います。

というわけで、ある意味当初の理想の形を意識する人も少ないのではと思われる、色とりどりのパレットの現実の話でした。

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東京駅ライトアップ番外編

東京駅のライトアップを機に、この東京駅の建設当初姿と役割について触れました。
ならばついでに、もう一つ。
最後まで目に触れない部分。縁の下の力持ち、地下の基礎の事にもライトを・・

この丸の内の初期の建物に共通するのが、基礎に使われた松丸太。
地盤の弱い地域だけに、色々考えられた上に使われたのだと思います。

確か三菱のビルもそうだと思いますが、東京駅も今回の改修工事などにも合わせて基礎の補強もされています。長い間重要な役割を担っていた丸太もようやく第一線の使命を終えたのです。

この基礎の調査はだいぶ前に行われていますが、木材だけに、長期間の仕様によって相当傷んでいるのではないかと危惧されたところ、地下水の多い地質のなかで、いまだにみずみずしく松丸太は光っていたとか。

当時の土木技術の水準に関係者はさぞ驚いたことでしょう。
この松丸太の事は、少し前に丸の内界隈のビルの基礎にからんで、ブラタモリでもとりあげられ、さすがタモリさんはこの事をご存知で、保存された丸太に注目していましたね。

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東京駅ライトアップ2

昔から東京駅といえば赤レンガというイメージですが、ある頃までは、実は建設当初は3階建てのドームの立派な、現在(今回の修復前)とは全く違う姿だったというのは知りませんでした。昔の写真を見てあまりの威容の違いに驚いたのをよく覚えています。

消失した3階部分を撤去して、仮の復旧のままで60年以上そのままで使用された建物。天井裏を調べると本当に資材不足の時の応急的な継ぎ接ぎの材木も使用されていたようです。

中央停車場として計画され、大正期に完成した東京駅は、当時は原野であった丸の内側に作られました。当然出入口は丸の内側のみ。駅から正面まっすぐに見えるのが皇居。一般の乗降用の出入口は北側と南側のみ。中央は皇室専用でした。
日本の象徴としての建物でもあったわけです。

ついぞ3階建ての往時の姿の復活なんて夢のまた夢だろうと思っていましたから、今、こうしてたくさんの見物の人達とライトアップされた東京駅を見上げていると実に感慨深い思いがします。

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かもめ来るころ

亀戸のカメリアホールにて、トム・プロジェクトの舞台、「かもめ来るころ」を観ました。
東京では2日間での3回の公演のみ。再演ということなのですが、脚本家のふたくちつよし氏のコメントでは、今回ほど再演に当たっての意識が変わった作品はないとの事。

ストーリーは実話。海を埋め立て、火力発電所が建設される計画をしった主人公が、この海をめざして飛んでくる鳥の事を考え、そして長い時間をかけてつくられた自然を、こんな短期間に勝手に壊していいものかと、高度成長時代の「良識派」に敢然と立ち向かった話です。

高橋長英さん演じる、主人公の松下竜一氏は40年前に、少数の仲間とともに環境権を守るために闘い続けてきたとの事。
弁護士もたてずに、電力会社、自治体、国を相手にしての裁判。

壮絶な闘いを続けながらも、お芝居自体は斉藤とも子さん演じる、竜一氏の妻・洋子さんとの夫婦愛が、芝居全体を暖かいものにして、静かな感動を生んでいます。

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気配り

昨晩の搬出作業の後、しばらく遠征に出る車両を見送り。

その後、ステージマネージャーさんと光栄にもお酒の席でご一緒できました。

搬入時の短い間にも、強く感じたのは、やはりとにかく、演奏者に対して、いかにベストなコンディションの場を提供するかということに全力で取り組んでいる姿。

ステージの床の状態によっては、楽器の足の一部がガタついたりする場合もある。そのような場合の使用する小物まで用意されています。そして時間をかけて特殊な楽器の組立手順を奏者から聞き取っています。

リハーサルから本番にかけての、おそらくは聴衆には理解できなほどの緊張状態を強いられる奏者の人にとっては、このようなステージマネージャーの存在は、とても頼り甲斐のある人なのだと思います。

そして輸送の世界のことも熟知しておられます。とにかく一貫して気配りがすごい人。これは才能?努力?。また機会があったらお聞きしたいと思います。

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東京駅ライトアップ

昨日は千代田区の大手町にあるホール。

搬入が完了して、しばらく待機に。
マネージャー氏は、至近距離にある東京駅のライトアップに関心がある様子。

そういえば忘れてた。ついに完成したんだ。
暗くなってから見に行きました。

うーん。これは、想像以上の美しさ。テレビでもデジカメでもだめ。これは直接見ないと赤レンガのやさしい色は感じ取れません。

皆さん、集まって写真を撮っています。ぐるりと周囲を見渡すと、丸ビルなど昔の面影を残した建物が取り囲んでいるので、全体がとてもよい雰囲気になっています。

この東京駅の駅舎。取り壊しの案も出ていたんですよね。

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各地のホール

昨日は西東京市にあるホールへの搬入・搬出。

この日は担当乗務員さん以外に、配車担当のマネージャーも立ち会い。画像を送ってもらいました。

このホールは市庁舎併設。いつも前の道路をよく通っていましたが、広い敷地に新しい建物があって、綺麗な市庁舎と思っていました。こんなりっぱなホールがあったのですね。しかも2種類のホール。ワークショップの開催など活動も盛んな様子。

ホールの立地も様々ですが、搬入時の制約があったり、待機中の駐車場所の問題がどうかなど、乗務員さんはその辺は気になるところです。
施設の担当者の皆さんは、このような問合せにはとても丁寧に説明があるので、こちらも安心です。

新しい施設は、親しみのある命名がされていますが、ここもいい名前ですね。

西東京市保谷こもれびホール

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夢の階段

池袋にあるパルコ。この前身を知っている人というか覚えている人も少ないでしょうね。
ここは「丸物デパート」(正式には東京丸物)という百貨店だったのです。
もう40年以上も前に撤退し、ここを西武が買収してパルコになりました。だから建物自体はそのままなのです。

なんで覚えているのかと考えると、何故か浮かぶのは広い階段。子供心にずいぶん印象深かったんでしょう。

そもそも丸物とは、と調べると京都や岐阜に店舗があったようです。
で、その東京丸物。
村野藤吾氏の設計だそうですが、壁面の彫刻や、「夢の階段」と呼ばれる大階段があったとあります。

何と夢の階段だったのです。

開業は昭和32年。当時はそういう表現がはやっていたのでしょうか。

相当な太い補強の柱が、階段の真ん中と天井部分に設置され、とても当時の面影はないですし、今となっては特に広いとは言えない規模のものですが、当時はさぞ・・。

都心の変化

池袋駅すぐ近くの一角。
豊島公会堂のそばの通りを歩いていると、一角の光景が少々変わっている。ここには駐車場があったのだが、白い塀に囲われている。
2階建ての駐車場の取り壊し作業中。そして新しいビルの建築計画が。

この駐車場は、一時期、ルート便の配送車が、付近のオフィスビルの一室にある客先の営業所に集配を行うのに使用していました。

ビルの駐車場は高さ制限があってセダンタイプの乗用車のみ。当然周囲は駐停車禁止・駐車禁止ばかりの場所。ほんの少々の時間でも一旦は駐車場となります。
タワータイプのパーキングはたくさんありますが、ここは2階構造になっているものの、平面に近い感覚で使用できるためか常時満車に近い状況。場所が場所ですからね。

向かいの建物にも建築計画の表示が。
このあたりには結構古い建物が多いようですから、耐震化の問題もからんでいるのでしょうか。
やはり都心はどんどん変化しています。

さて耐震化がらみで、余計な話を。

池袋東口にあるパルコ。私はどうしてもここを通ると思い出すのが、この前身の百貨店。今日はその記憶をたどって階段を探しますが、どうも見当たらない。また別の階段を見て、あっ。ここだ。幅の広い階段がおそらくは耐震化の工事で中央で区切られています。そのため昔の面影がなくなっていたのです。 (続く)