さいたま市の川合運輸株式会社です

川合 修Author Archives

About 川合 修

さいたま市・川合運輸株式会社の川合修です。昭和10年創業の運送会社を受け継いではやそろそろ30年近くになります。企業のお客様だけでなく個人・団体のお客様からのご依頼が多いのも当社の特徴です。わかりやすく丁寧にご説明する一助になればと思います。

危ない!

今日は運行管理担当より事故発生の報告。
交差点で、相手の車が真っ直ぐこちらへ向かって来て接触してしまった。ところが相手はその後逃げてしまった!
怪我はなく、損傷も比較的軽微。その車両の本日の納品業務は完了済との事で、まあ幸い。逃げたのは不届きだが、仕方がないと思っていました。

ところが、続報で状況は変化。
交差点よりも手前の全6車線のゆるいカーブで、相手車が、センターラインを越えて、こちらにまっすぐ向かってきたのだとの事。このままでは正面衝突になると、こちらの乗務員が、クラクションを鳴らしながら、左車線の車両を気にしながら左によけたところ、正面衝突は避けられましたが、後ろの荷台後部付近を擦られてしまった。

相手の人は、その後、付近の目撃者の通報によるのか、警察に止められたようで、当事者同士で顔は合わせたようです。
どうも途中で意識が遠のいたのか、クラクションの音で気づいた。でもミラーが曲がっただけに思えたのでそのまま走ってしまったと説明しているようですが。
警察の人に止められ、あらためて自分の車の損傷に気づいたとも言っているらしく、どうもよくわかりません。

今回の当社の乗務員さんもだいぶショックを受けています。こちらの車は4トン車で、大型車ほど大きくないとはいえ、乗用車クラスにくらべれば運転台も高さがあります。それでも正面から向かってこられたら本当に怖いのです。

以前に、関西の方へ出かけた車両が、バイパスで突然対向の若い女性の運転する軽乗用車が、センターラインオーバーしてきて正面衝突になり、こちらの車両はよけようとハンドルを切った形で、道路から半ばはみだして止まりました。
その乗務員さんは幸い怪我はなかったのですが、だいぶショックを受け、時間がたっても顔面蒼白でした。

夕方、乗務員さんの帰庫後、車両を確認しながら、何人かで「とにかく大事に至らずに良かった」と。
穏やかな社員さんのお陰で私も本当に助かっています。

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関西の節電

尋常でない暑さが続きます。昨夜は、先週に引き続き再度、週末に関西に出かけていた奥さんが帰って来ました。関西も関東も暑いのは同じですが、今年は関西は節電モードの関係からか、大きな施設ほど暑かったとのことです。百貨店や地下街、駅構内の店舗ないもだいぶ暑くて気分が悪くなったそうです。それでも打ち合わせで入った小さい喫茶店は十分に冷えていたとか。

それでも、受け取り方は少々関東とは違うみたいです。
計画停電についても「一度言い出したからにはホンマにやるんやろな」という感じ。影響については「なるならなるで、なんとかなるやろ」(すみません。一部の意見だけかもしれません。)。

原発再稼働に反対するデモも、当初はあまり報道されていなかったようですが、ようやく取り上げられるようになったようです。

黒澤明監督の「夢」の中でのシーン。実際に私達も、セシウムとかストロンチウムなどと身近に聞くような事態が本当に起きてしまった。
人間が制御できないものに頼るのは、やはり無謀というものです。

ただ、問題は、今の時点で何をどうすればいいのかという事。
結局、情報に疎い私が悪いのか、情報をあまり出さない側が悪いのか、現状ではわからないことが多すぎます。
原発にからむ利権のことは元々あるにしても、ここには他にも、色々な問題がからみます。

国防の観点からの技術維持
現状の火力発電を続けた場合の貿易赤字と、それに伴う国債・為替の影響
自然エネルギーでの具体的な能力

ただ、これまで伏せられていた問題が表沙汰になる部分もあるので、それはそれで良いとは思いますが。

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ムーミン谷があるいすみ鉄道

もともと、いすみ鉄道は沿線に菜の花が多く咲いていて、その風景をバックにした写真の印象が強いです。列車のカラーの黄色も、それからと思いますが、最近とてもテレビなどでたびたび取り上げられています。

鳥塚社長が就任したのが3年前。早速、ムーミン列車を走らせました。

駅にはあちこちにムーミンのキャラクターが。鉄橋の下や、沼のほとりにもしかけがあり、車内で案内をしています。
このムーミンの人形などは地元の人の手作りのようです。

国吉駅にはムーミンショップがあります。

VALLEY WINDSとは「谷を吹き抜けるそよ風」の意味。

 


こちらは最初に乗った小湊鉄道。日曜日だからでしょうが、地元の人ばかりでなく子供連れや夫婦の観光客、それに何か取材の準備をしているようなグループの人まで乗っていて1両の車両は満員状態。沿線では沢山の人が撮影しています。

この草生した線路。このイメージがいいのです。
この線路があるのと、ないのとでは大きな差を地域にもたらします。

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ここには ”なにもないがあります。”~ いすみ鉄道

時代が変わると、思ってもいなかったことが起きるもので、最近は廃止の危機に直面している地方鉄道が公募社長を迎えています。ひたちなか海浜鉄道や山形鉄道、北条鉄道など。ちなみに、和歌山の猫のタマちゃんは社長でなくて駅長ですからね。

その中でも千葉県のいすみ鉄道の鳥塚社長はおもしろいです。
自費の訓練費700万円を負担しても運転士になる夢を叶えたい人を募集し、訓練、そして国家試験をパスして見事、運転士として独り立ちしているのです。このことは結構報道されました。
そして、古くなって退役した昭和のディーゼルカーを個人で買取り、このいすみ鉄道で観光急行列車として土曜日・日曜日に走らせています。
面白いのが、「ここには何もないがあります」「乗らなくていいですよ、とにかく一度来てみてください」と呼びかけている事。小さい鉄道で、1両で走っているのですから大勢の人が来ても対応できない。そのかわりおみやげなどの物品販売に力を入れ、廃止が決定寸前だった鉄道を存続へ導きました。

今回はJR五井駅から、小湊鉄道、いすみ鉄道を通り、JR大原駅までですが、途中、大多喜駅で下車し、例のキハ52にも乗りました。

どうぞ車できてください。と、大多喜駅前にも安く駐車できる町営駐車場を設置しているのもおもしろいですね。房総もアクアライン開通で、川崎側から飛躍的に近くなりましたが、圏央道の延伸によって、さらに近くなります。

これが例のキハ52。糸魚川で退役した車両を運んできたのですが、鉄道車両を運ぶって輸送費が大変なんですよね。

里山の緑に夏空が房総らしいです。

レトロ列車といっても、普段走る車両は最近、ピカピカの新車2両を導入し、エアコンも快適な車内で地元のお客さんの足になっています。

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ブラスバンド

高校野球の熱戦はまだまだ続きます。
本日も高校野球の応援の楽器運搬がありました。
お客様のチームは、今年は惜しくも・・。

競技の応援の演奏というと、吹奏楽というよりもブラスバンドの当初の目的とも言えますね。
お客様の創部の歴史の中にもそのような記述があります。
だんだんコンクールなど、舞台での演奏が中心に推移してきたようです。

マーチングバンドなどは動きながらの演奏になりますから、全く違った形態です。
スーザホンという、すっぽりと体の周りを管がおおう楽器がありますが、それなど歩くことを目的にした楽器です。

昔、1年生が使う楽器はどれも錆び錆びの古いものでしたが、そのなかでも誰も使わない古いスーザホンがあったのを思い出します。歩きながらの演奏はついぞ経験しませんでした。それでも、体育会に入学式、卒業式その他、何かと行事の際はブラスバンド部の出番でした。そういえば呼称も、最近ではあくまで吹奏楽で、ブラスバンドという呼び方もしなくなっているようですが、これも芸術性を中心とした流れの一環なのかもしれません。

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関西

先週末は関西に行きました。
昨年の初め位からは、もっぱら車で行ってましたので、新幹線は久しぶりです。
荷物が重いのでカート式のカバンでした。当然エスカレーターを使うのですが、夜おそく新大阪のホームについて、エスカレーターに乗り、カートを置いた直後に慌てました。
以前はそれなりに心得ていたのですが、しばらく新幹線を使わないと、忘れていました。
新幹線に乗るまで、何回かの乗り換えで、当然エスカレーターでは左に立つのですが、大阪についた途端に、皆さんはっきり右に立っています。

あまりこのての話題はあたりまえという感じで、そんなに関心は皆さん持たないのかもしれませんが、細かいところの違いを私はいつも面白く思ってしまいます。

やはり西と東では色々違ってくるようで、たこ焼きについても、関東では最近、スーパーなどに良く見かける店も、東京の地名を掲げているだけあって、作る過程が違いますね。あんなに途中で油をいれてるとは思いませんでしたので、最近勝手に私は「たこ揚げ」と呼んでいます。

私にとっては当たり前でも、関西出身の奥さんは、やはり関東平野の広さは特別のようで、しきりに空が広いといいます。

確かに関西は、少しの距離で大阪の夜景が綺麗に見えます。

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高校野球応援の楽器搬入

一昨日から全国高校野球選手権大会の埼玉大会が始まっており、県内でも各球場で試合が行われています。

今日は応援の楽器運搬がありました。
いつものことながら天気が気になります。昨日は急な雨が断続的でしたので心配でしたが、第一試合から予定通り始まりました。
大変な蒸し暑さですから選手の方も、応援する方も大変ですね。

搬入車両も、搬入が終わると、試合終了まで待機です。
乗務員さんの熱射病には十分注意しないといけません。

しばらく、太陽の熱線に負けない皆さんの熱戦がつづきます。

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35年前の吹奏楽コンクール関東大会

昔のコンクールの話をしていましたら、こんなものが出てきました。
えーと、何年、いや何十年前になるんでしたっけ。
だいたい35年くらい前になりますか。

吹奏楽の楽器。微妙な立場のユーホニュームを吹いている私です。
埼玉会館でおこなわれた関東大会ですね。
当時は埼玉では地区大会というものはなく、県大会から始まりました。次に進むと関東大会。次にすすめれば全国大会です。

大会後、担任の先生に報告に行った時、先生が「ご苦労さんでした。ところで金をとったのに、なんで全国大会に行けないのかい?」「ええ。金のなかでも上位三校が行けるんですが、それには入らなかったんです。」「ああ、そうなんかい。不思議に思ってたんだよ。」などという会話を思い出しました。

演奏終了直後、顧問の先生からは、「もう悔いはないだろ」などと声をかけられましたが、私としては結構悔いだらけの部活動時代でした。

コンクール会場

吹奏楽の甲子園となっていますが、私が吹奏楽部にいた頃は、「普門館」という名前自体聞いたことがありませんでした。もちろん全国大会が遠かったこともありますが、そもそも普門館自体が落成して5年位の頃。そして、中学・高校の部でほぼ定期的に使用されるようになったのが、私が中学3年生の時。

それまでは、毎年いろいろな場所で開催されていたわけです。
それで思い出すのが、1年生で入学間もない頃の先輩の勧誘。ポスターにも書いてありましたが、さかんに、「今年の関東大会は新潟に行けるぞ」「全国に進めたら北海道だ」と旅行みたいな感じですすめられたのです。

先輩たちは関東大会は自信があったようで、本当に1年生のときは新潟に行きました。予算の関係で女子の1年生は留守番で、男子1年生は楽器運びなどで手伝うという役目です。
全国にはいけませんでした。今調べてみると、それまでは全部門が同一の会場でしたが、この年には北海道は職場・高校で、一般と中学は秋田になっていました。丁度、過渡期で変更があったのかもしれません。

ところで翌年は関東大会が水戸、さらに翌年は埼玉(県大会と同一場所の埼玉会館)とだんだん近くなりました。

普門館

今年の全日本吹奏楽コンクールの全国大会の会場が、普門館から名古屋国際会議場センチュリーホールに急遽変更になったようですね。
何しろ「吹奏楽の甲子園」と呼ばれている普門館ですから、全国大会に向けて取り組んでいる方々には、大変残念なことです。

耐震強度不足が調査によって判明し、使用を中止することになったのだそうですが、今後、この建物をどうするかは、現段階では決まっていないようです。

新しい施設だった川崎のミューザが、あの状況でしたので安全を第一にという判断はやむをえないと思います。

ところでこの普門館、1977年と79年にカラヤンがベルリン・フィルを率いて演奏したというのは今回はじめて知りました。

5千人近い収容能力と、駐車場の規模が、吹奏楽の全国大会には必須だったようで、確かに、県大会の会場でも楽器の搬入・搬出はスケジュールが分単位で決まっていて、車両は途中で別の場所に待機する必要がありますから、結構大変なのです。

早くめどがたって、皆さんがあの黒光りする舞台に立てるといいですね。