バスの中でも幼稚園バスは微笑ましいイメージですね。
交差点で前を横切るバス。道路の轍を越えていくので少々バスがタテに揺れます。
小さいお子さんですから、こちらが見る角度によってはかぶった帽子だけが、一斉に同じように飛び上がるように揺れて。
ところで結構スピード出す幼稚園バスってあるんですね。大丈夫かな。
くれぐれも安全運転でお願いします。
バスの中でも幼稚園バスは微笑ましいイメージですね。
交差点で前を横切るバス。道路の轍を越えていくので少々バスがタテに揺れます。
小さいお子さんですから、こちらが見る角度によってはかぶった帽子だけが、一斉に同じように飛び上がるように揺れて。
ところで結構スピード出す幼稚園バスってあるんですね。大丈夫かな。
くれぐれも安全運転でお願いします。
本日は川越市民会館にて埼玉県立川越高等学校吹奏楽部・第51回定期演奏会が開催されました。
昨年は創部50周年を迎えられた川越高校吹奏楽部さん。毎年、地元の皆さんの熱烈な期待に応えてます。
車で走行中、交差点で曲がって来た、馴染みの路線バス。
何気なく前の扉付近を見ると、ガラスを通して扉部分にも学生さんがあふれて・・。でもみんな笑顔というか大笑いしているような様子。全員女の子のようです。
そして運転士さんも・・何やらニコニコ顔。
そこで前面のLEDの行き先表示を見ると「貸切」でした。
交差点から向こうは大きな体育施設がありますから、何かスポーツの大会でもあったのでしょう。運転士さんが車内の雰囲気につられて笑顔なのも頷けますね。
最近は、このような移動はそろってバスを使うのですね。娘が中学の吹奏楽部時代に、近くの学校への移動でも必ずマイクロバスを使用していたのを聞いて、今はそうなんだと思ったことがありました。
結構、負担もあるはずなのですが、やはり途中での安全を考慮していると聞きました。
コンクールの時も大型の観光バスあり、路線バスの貸切使用ありでした。私たちの時代は、鉄道とあとは延々歩いてました。後輩時代は当然トランペット位は持たされて。
昨日のセミナーでは西武新宿線の狭山市駅前に行きました。
市民会館へは行っても狭山市駅にはあまり行きませんでしたが、昨年に駅前の再開発が完了してずいぶんと綺麗な駅前になって驚きました。
会場は駅前にある市民交流センターでしたが、とても綺麗で立派。ホテルの宴会場並みの設備です。
狭山市駅というと、つい旧駅名の「入間川」駅が浮かんでしまいます。
今考えると、そばを流れる川の名前の駅とは風流ですが、市制の前の住所がそうだったんですね。近い距離にある入間市駅となんとなく混同していた時もありました。いずれにしても「狭山」も「入間」もとても由緒のある名前です。
3週続けて、週末は缶詰的な生活です。
今日も休憩は徒歩5分の場所まで。今の季節らしくないからっとした感じでした。
あと存在意義のためのトイレ掃除はしましたけど。
今日、テレビでミャンマーのアウンサン・スーチー氏の過去の映像などを取り上げていました。スーチー氏はあくまでも現在、議員の一人ですね。
体制としてはあくまでも軍事政権のまま。いかに海外の資金をとりいれるかが課題のようです。
コストの安い生産拠点となれば、投資する国、企業がということですか・・・・。
実際これからどうなるのでしょう。
最近は雑誌などでも売上に関係するのか、鉄道の事柄を取り上げることが多いですね。もちろんテレビでもそうです。もっとも趣味というばかりではなく、海外への鉄道システム輸出という経済的な話題もあるのですが。
考えてみると、周囲にも昔から程度の差はあっても鉄道好きが。
従兄弟の結婚式に行った時、丸いテーブルにそれぞれついてる名前が・・あれ、馴染みのある名前だと思ったら、すべて特急列車の愛称だったり。
叔父も昔から結構興味があるみたいですが、今で言うナントカ鉄でいうとどんなジャンルになるかは不明です。
先週も貴重な機会である、おおみや鉄道ふれあいフェアに行ったとか。
それを聞いて思い出しましたが、そうとう昔、私が小さい頃、蒸気機関車のお面のような貯金箱をもらったのです。
子供向けにすると少々大きなものでした。あとで聞くところによると、本当はご自身が欲しくて買ったものの、奥さんに言われてどうも私にまわってきたそうな。
国鉄の無煙化計画で蒸気機関車が姿を消す頃の蒸機ブームの頃のことでした。
私よりは普段鉄道を使うことの多い専務なので、何かと遅延等の影響は受けがちです。
今日は小田急線で帰りがけに、直前に人身事故発生で運転見合わせ。丁度夕方のラッシュ時刻でたちまち大混雑だったようです。
さてどうするかとなった時に、駅では手際よく何やらモニターのようなものが出ていて、何通りかの迂回の仕方、所要時間などが表示されていたとのこと。
私は見たことありませんが、これはJRとかもやってるんですかね。
ただ、表示の迂回方法にはどうしても人が集中します。
特に震災以降は群衆に恐怖を感じてしまうようで、特にホームに人があふれる状況はとても危険だと言っています。
今日はさらに大回りして横浜から帰って来ました。
今日は本社の建物の消防訓練。
小規模な建物ですから、敷地で実際に消火器を作動させたりといった訓練はできません。
そのかわりに、消火器の扱い方などの基本知識や避難通路に関しての確認などが主になります。
今日は実際に消防署員の方からの指導もありましたが、実際に訓練を行う面での良いところの一つとして、日頃疑問に思っている事などでの答えが共有できたりするところだそうです。
今日教えていただいたのは、天ぷら油での火災の際の消火方法。
消火器があったとして、その吹き出し口を直接鍋に向けたら油が飛び散ってしまいますね。
この場合はホースの先端を天井に向けて、消火剤を天井から跳ね返るようにして落とすのだそうです。
これは初耳でした。
まだシーズンは少し先ですが、そろそろ吹奏楽コンクールの日程が気になってきました。
日程自体はすでに発表されてますが、お客さんの団体がどこのスケジュールになるのかは、まだですね。
楽器を運搬する立場としては、同日にお客さんの日程がどれだけ重なるかが、とても気になるのです。
そのコンクールの前に、来月は地区の研究発表会が開催されます。
こちらはティンパニや鍵盤楽器などは共用で使用されるとのことで、打楽器類の運搬はないので小さめの車両で間に合いそうです。
さて今日は、先週に引き続き、外出はほぼお昼休憩の徒歩5分程度。でも丁度今が一番気候としてはいいですね。つかのまの緑を楽しみました。
私が小さい頃の、ほんの一時期、本来は上野行きのはずの仙台発の特急ひばりの行き先が「東京行」となっていて、「えっ、何で?」と思ったのです。
東海道方面は東京発ですが、東北方面は上野発、というのがもともと公式ですよね。
実は東北本線の正式区間は「東京~青森」である、というどうでもいい事実は別として、その時の列車はどこを走っていたのかという疑問が当時ありました(現在は盛岡までに変わってます)。
その区間は、新幹線工事前には、もともと在来線用の複線が通っていました(山手・京浜東北線とは別に)。ただ、一般的な路線という位置づけではなく、貨物もしくは回送用というもの。お客を乗せたのは、古くは戦後の進駐軍専用列車(若い人も知ってね)、その後、東北・上越方面の特急の一部が東京駅まで乗り入れていた時代(昭和40年代後半まで)だけでした。
私が見かけたのはそのほんの少しの期間だったのです。
その後、東北新幹線用の工事が始まるにあたり、神田付近の線路用地は新幹線用になり、その一部の在来線の区間は途絶えた状態で今まで来たということなのです。
ところで、この新幹線を通すときも反対があり、そのときに新幹線を通したら、在来線を更に別に通す工事はしないという口約束もしくは文書があったとかで、今回の工事にたいしての反対の理由にもなっていたようです。
さらにミステリアス(でもないか)なのは、新幹線工事の際に、将来の在来線の増設も見込んだ基礎工事?がすでになされていたとも。
もしそれがないと、この工事に関してあまりに工程などがかかりすぎて計画が成り立たない可能性もあったようです。
先日の朝の混雑度を見れば、利用者にとっては早い所完成してほしいのが本音。
朝の通勤事情からまたまた話がかたよりましたね。鉄道のはなしからまた軌道修正しなきゃ。今日は暑かったですね。